「箱の中でしか歌えない天才ミュージシャン×借金まみれの元敏腕プロデューサー。無気力な今から抜け出したいともがく2人の友情を、切なく、爽やかに描くミュージックロードムービー」(公式サイトより)
昨年3月本国公開。「日本含む世界11ヶ国で公開決定」の一報から1年と3ヶ月。どれだけ待ち侘びたことか……
音楽の才能はあるのに人前で歌えない青年が、半ば強引に契約させられた10回のライブを通して、音楽の楽しさ、人と分かち合う喜びを知って成長していくというストーリー。自分の殻を破ろうともがく青年チフンをEXO・チャニョルが熱演している。
グループではラップ担当でありながら、歌も上手く楽器が弾けて作詞も作曲もこなす音楽の才能に溢れた彼の初主演映画が音楽映画でロードムービー。この上ないキャスティングに期待は膨らむばかり。そして実際期待を大きく上回る作品だった。
劇中で披露されるのは、誰もが一度は耳にしたことがある洋楽のヒットソングの数々だ。Billie Eilish、Mariah Carey、Pharrell Williams、Chet Baker、Louis Armstrong、Coldplay…… カバーも多数存在する名曲の数々を、アコースティックギターを掻き鳴らしながら、女性ボーカリストと息の合ったデュエットで、総勢30名にも上るドラム隊を従えて、と様々な演出の元、温かみのある低音ボイスで情感たっぷりに歌い上げる。正直シアターの良い音響でこれを聴けるだけで、映画館に足を運ぶ価値がある。劇中のシーンとも相まって、馴染みのある一曲一曲の素晴らしさを再確認し、また新鮮に堪能することが出来る。チャニョルのマルチプレイヤーぷりにもあらためて驚かされる。チャニョルは歌が上手いしギターもピアノも弾けるしドラムも叩けるし作詞も出来るから、歌も歌うしギターもピアノも弾くしドラムも叩くし主題歌の歌詞も書きます!というまさかの全部盛り。やってのけるチャニョルちゃんマジすごい。
PDのミンスとの出会いをきっかけに、旅先でのふれあいを通して音楽する喜びと笑顔を取り戻していくチフンは、まさに人一倍の音楽愛と才能に溢れた彼にぴったりの役どころだった。
実質チャニョルちゃんの洋楽カバーソロアルバムであるところのサントラ
只の俳優のお仕事じゃないんですよ。音楽を愛するチャニョルちゃんのために用意されたと言っても過言ではない、音楽映画の主演なんですよ。作詞とか楽器の演奏とかボーカルとか彼のこれまでの音楽活動の成果が実を結んだ結果のオファーなんですよ。絶対公開して貰わないと困る
— knk (@h_a_t_b_d) 2021年10月13日
なかなか公開日が決まらず業を煮やしたオタクの叫び
音楽の才能とこれまでの活動の実績が評価された結果だなあとオタクは勝手に喜ばしく思っていたのだが、蓋を開けてみると、チャニョルのために作られた映画と言っても過言ではないことがよく分かる。
例えば、劇中歌。チフンが披露する洋楽の数々は、実際にチャニョルが過去のインタビューで触れたり彼にまつわるエピソードで耳にする、彼自身が好んで聴いている曲ばかりだ。辛いときに救いになった曲はPharrel Williamsの「Happy」とインタビューで話しているし、共演してみたいアーティストにBillie Eilishを挙げている。Chet Bakerの曲がお気に入りだし、Coldplayの大ファンで、お姉さんの結婚式でも彼らの曲を披露したエピソードは有名だ。本作の選曲に本人がどこまで関わっているのか定かではないが、チフンのキャラクター像を作るにあたり、彼の音楽遍歴や嗜好が少なからず反映されているのは間違いないと思う。
例えば、カメオ出演。序盤に登場する運転代行の運転手を演じるのは、「ゲコヒョン」でファンにはお馴染みのDynamicduo・Gaekoであり、EXO-SCのアルバムにFeat.参加するなどチャニョルとは親しい間柄である(代行呼べばいい~の歌詞が印象的なEXO-SCの曲がありましたね)。また、ミンスが俺がスカウトしたと豪語するRothyとはチャニョルが彼女の曲にFeat.参加する形で縁がある。
他にも、チキンとビールで乾杯するシーンで飲んでいるのがCASS(韓国のビール。EXO-SCが広告モデルを務めていた)だったり、エンドロールの(おそらく)協賛の中にNACIFIC(韓国のコスメブランド。チャニョルがブランドモデルを務めていた)の名前があったり、チャニョルがこれまでの仕事を通して関係を築いてきたアーティストや企業が後援に駆け付けているのが見て取れる。何より本作の監督であるヤン・ジョンウンは韓国演劇界の著名な舞台演出家であり、2018年の平昌冬季五輪の開・閉会式の総合演出を担当した人物でもある。EXOが閉会式でパフォーマンスをした、あの平昌五輪だ。
「主役のキャラクターに申し分なくぴったりの人物だったからオファーされた」だけでこうはならない。間違いなくこれまでの彼の音楽への意欲と実績が実を結び引き寄せた結果であるし、ベストなキャスティングである一方で、EXOのチャニョルという才能ある人物を広く知らしめる側面もあることは明らかだ(知らしめるも何も天下のEXOであるが)。本作のレビューで「アイドル映画」と評されているものを幾つか見かけたが(悪いレビューじゃないです)、チャニョルの魅力を十二分に堪能できるという意味では正しく「アイドル映画」だ。
チャニョルを知らない人にはこの映画で彼に出会ってほしいし、彼の美しい歌声と韓国の風光明媚な風景に癒されてほしい。シアターの大画面で彼の魅力を浴びてほしい。